お盆×終戦×稲作×農村×日本

こんばんは!

本日は、恵みの雷雨がありました。

実に10日ぶりくらいの雨。

 

この最も暑い時期に1週間以上も雨がないと、畑はからから。

真っ昼間の野菜たちは、今にも枯れるんじゃないかというような感じで、ぐったりしています。

希望としては、毎日夕立が欲しいです。

 

 

さて、

本日は、終戦記念日。

それもあってか、NHK大河ドラマのあとは、満蒙開拓団の特集がやっていて、ついつい見てしまいました。

 

もう戦後71年なんだそうです。

昔、戦争のことをはじめて勉強したときに、先生が戦後50年の節目と言っていたのを覚えています。

それからもう21年経ったみたいです。

 

あの頃、戦争の記憶がなくなっていく危険性を、先生が結構熱心に言っていたのを覚えています。

 

戦後71年と言うことは、ある程度の戦争の記憶のある人たちは、もう80歳以上ということになります。

 

確実に戦争の記憶は、失われつつあるのかもしれません。

 

 

今回、満蒙開拓団の番組に興味を引かれて見てしまった理由の一つは、祖父が、16歳とかの若さで、満州に行っていて(本人は、志願して、と言っていました)、その後シベリアで4年間、抑留されていたからです。  テレビなので、全てがわかるわけではないですが、少しでもその当時の時代背景が知りたかったので(なぜ志願する状況になったのかなど。)、ついつい見てしまいました。

 

そこには、関東軍、拓務省の他、農林省も絡んだ、国家的な政策が、あったようです。

 

日本の村というのは、貧しいことが多い。

その貧しい村の救済措置としてのインフラ整備、その代わりとしての人夫の提供。終戦間際は、そのような状況だったようです。

 

 

私は、今、農村とよばれる地域に住んでいます。さらに、市街化調整区域(都市計画法に定められている、簡単には農地を他の用途に転用したり出来ない区域)内でもあります。

 

このような地域であると、農業以外の仕事をすることが、実質難しくなります。

ただ、幸い乗用車が普及していることや、工業の盛んな姫路市にも近く、また、雇用の受け皿である大企業がある程度立地していることから、農業以外の仕事をしながら、この地域で暮らすことが可能になっています。

 

なぜこんなことを書くのかと言いますと、米を作らしてもらっていて思うのが、このように農業以外のことで、なんとか生計を立てれるからこそ、兼業で米作りも出来るんだということです。

わかりにくい言い回しかもしれませんが、もし仮に農業専業地帯だとすると、それは、ほぼ国策であり、村人の意思は、あまり通用しなくなると思います。

そうなると、村の自立性みたいなものは、かなり希薄になるような気がします。

 

それでも、農業インフラを天秤にかけると、村の自立性みたいなものは、捨てる方向に行くこともやむを得ないと思うこともあります。

 

今、農村は、「担い手」や「農地中間管理機構」「人・農地プラン」などの新制度の波にさらされています。

完全に集約化の方向です。

そして、現在、多くの農村は、少子高齢化、農家離れ、輸入農産物の増大による農産物価格の低迷などにより、この波に飲込まれざるをえない状況です。

 

そうなると、農村の自立性は、ほぼなくなるでしょう。

それが、今回いいたかった結論です。

 

お米は、農家が作っているんではなくて、国が作っていることになります。

 

お米ってのは、田植機や、コンバイン、乾燥機、もみ摺り機などの機械に対するコストは、もちろん必要ですが、

それ以上に、河川の土木工事費やそこから水を引っ張ってくるための井堰の造成・修復コストの方が、膨大なコストがかかるように感じます。

 

それらの水利関連のコストを、ある程度国にもってもらっていた(村民によるボランティアでの活動も多くあった)のが、今までで、今後、担い手制度になると、ほぼ全て、国にもってもらうことにならざるを得ないと思います。

そうなると、担い手は、国の意向に忠実に従う立場にならざるを得ず、身動きがとれなくなると思われます。

 

私は、昨年、この波に乗っかる形で、「担い手」という立場になりましたが、農村の自立性を考えた場合、兼業農家の集まりであるほうが、農村の自立性が高いと感じています。

 

もし、この担い手制度が進むと、田園風景は残るかもしれませんが、そこにあった農村機能は消滅し、その場所は、単なるお米生産地帯となるでしょう。

 

そこには、先祖を敬う気持ちもなくなり、日本の風土というものも失われるように思います。

 

このお盆という時期、盆踊りなどで、ご先祖様と戯れる、というようなことも言われますが、なんとなくわかるような気がするようになったんです。

 

なぜ、戯れる必要があるのか。

必要性というよりも、むしろ、こちらから「ご先祖様と戯れたい」と思うんだと思います。

 

それは、昔の人が残してきた河川の堰、水路、田んぼ、ひいてはその集落に対して、思いを馳せることになるんだと思います。

 

 

(今のところ)村という共同体は、自分たちで作ってきた・もしくは作っているという感覚が強い気がします。

 

それでは、都市は、どうか。これは、作られた感が強いです。

じゃーだれが? 国でしょうか? それとも多国籍企業でしょうか?

 

都会では、20年ほど前から、ボランティアをする人が結構多くなっているようです。

かたや農村はというと、各個人のボランティアで存続している部分がかなりあります。

都会でのボランティアの増加は、自分たちでなにかしら作っていきたいという気持ちの現れという部分もあると思います。

 

日本は、戦後、村から多くの人が都市へ働きに出ました。

年功序列・終身雇用。

この制度は、その会社が、一つの共同体で、村と同じような機能を果たしていたんだと思います。

だから、日本企業は、日本っぽかった。

 

それが、リストラをしだしてから、変わってしまった。

経済の波に飲み込まれてしまった。

 

会社は、存続しているかもしれないけど、そこに村的な機能はなくなった。

 

今、農村で進行している波は、いわば、農家のリストラではないか? 国主導の。

 

会社もリストラ。農村もリストラ。

それに加えて、ITやロボットによる集約化・効率化。

 

国は、国民のためにあるはずやけど、このままでは、国民の居場所は、なくなってしまうかもしれない。

 

そして、リストラを回避した人たちだけが作る社会になっていくのか?

 

もし、そうなっていくとしても、私は、ぎりぎりまで、そうでない日本っぽい村社会を存続させる方で活動したいと思います。

多分、私は、そういう役割の人間なんだと、最近つくづく感じます。

 

なぜかは、わかりません。

 

敢えて理由を探すとすれば、

血、

でしょうか。

 

そして、年に一度、この血を感じながら踊るのが、盆踊りなのかもしれません。

 

 

山があって、川があって、(地域によっては、海があって、)集落があって、人が生活を営んでいて、そのあとに、国があるんだと思います。

 

この順番を間違えたらあかん、と思います。

住宅地で生まれた人間のよりどころは、(その住宅地を含めた)都市を作った国、となりがちです。ただ、今のところ、都市だけで、人間は存続出来ません。それがやっとわかってきたんです。

 

 

 

『お盆×終戦×稲作×農村×日本』。

 

 

これらを掛け合わせた今の思いでした。

 

 

 

長々と失礼しました。

 

 

 

 

 

こちらは、28年産 けんたろう米の近況です。

 

保田ぼかしの田んぼは、コナギが繁茂する状況に。

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色もかなり黄緑色です。

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場所によっては、コナギを育てているみたいになってしまっています。

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マット苗の稚苗田植えであり、保田ぼかしの散布遅れや、藻の発生、チェーン除草時期の大幅ね遅れ(代掻き後11日目)などが、原因だと思います。

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稲が黄緑で、分けつ少なく、また、背丈も低いです。

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ただ、保田ぼかし(春;反30kg、田植え後;反60kg)が、効いているのか、昨年よりは、幾分、稲の生育は、よい気がします。

今思えば、昨年の稲の生育は、本当にみすぼらしいものだったのかもしれません。

コナギに養分をとられてしまうかもしれないのと、いもち病が蔓延してしまう可能性があるのと、味が落ちる懸念から、穂肥はやらないことにしました。(この辺りでは、ヒノヒカリは、出穂時期が大体8月下旬で、穂肥の時期は7月下旬から、8月初旬頃までのようです。)

 

コナギと切磋琢磨したお米は、野性味がより強くなるように思います。

 

 

 

こちらは、本年から作らしてもらっている田んぼです。

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元肥は、全く入れてませんが、土が肥えているのか、すごい生育がよく、色も濃いです。

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分けつも旺盛です。

 

こちらは、合鴨たんぼ。

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早生のキヌヒカリは、既に出穂。

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分けつが少ないです。

原因は、早生なのに6月中旬植えという遅植えになってしまったため、十分な分けつ期間がとれなかったんだと思います。

 

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穂を食べてしまわないよう、早急に苗代あとにカモたちを移動する予定です。

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また、最近は、毎朝夕、鴨が脱走しています。

この前は、追いかけているときに、突如、飛び立っていく鴨が混ざっていて、びっくりしました。

明らかに動くスピードが速かったです。

おそらく野生のかもが混ざっていたんでしょう。

紛らわしい。

 

下は、7月20日田植えの圃場です。

 

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ここは、田植え前米ぬかチェーン除草法をしたところです。米糠をまいてチェーン除草をしてから田植えしました。

8月14日の段階で、相当、小さいです。

どこまで大きくなってくれるのか。

 

なお、田植機を使ってチェーン除草をやると、極端な場合、枕が下のようになってしまいました。

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この見た目も、なんとか改善したいです。

 

来年、特に注意しようと思っている事項は、以下です。

・早生は出来るだけ早く田植えする(分けつ促進)。

・中晩生のヒノヒカリも6.20までには、田植えを終わらす(水使用の足並みを他の農家となるべく合わせる。分けつ促進)。

・田植えは、浅水で行う(5cm以下)。

・チェーン除草は、本代掻き後、1週間以内を徹底する。

・深水管理を徹底する(ヒエ対策)。

 

 

 

下は、色々お世話になっている方にいただいたスイカ。

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今年は、めちゃくちゃ大きいのが、たくさんできたらしいです。

うらやましい。

計ると12キロもありました!

 

来年は、こんなスイカ作りたい!

 

 

 

昨日の恵みの雷雨時に、雨に打たれながら、この透明マルチをはがしました。

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雷の音がものすごく、(否応無しに)自然の響きを堪能しました。

今後、ニンジンを蒔く予定です。

 

 

 

あと、

新規就農特集で、私のことを、各地域の新聞が掲載してくれているようです。

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私が、知った限りでは、産経新聞、中日新聞、神戸新聞、沖縄タイムス、山梨日日新聞さんです。

有り難いことです。

有名無実にならないよう、また、このあとただの無名にもならないよう、がんばろーと思います。

 

今の農政の波のまっただ中にいるので、冒頭のような農村の自立性のことや、農家のリストラのことについて、考えてしまうことも多いです。

 

たぶん、今、都会の多くの人が求めているものっていうのが、日本の農村にあるもの(でも失われつつあるもの)のような気がしています。

 

 

 

御託より 求められるは まず黒字

 

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荒木 健太郎 について

2015年3月から兵庫県たつの市新宮町で新規就農した荒木健太郎です。 無農薬・無化学肥料で稲作と少量多品目の露地野菜を生産・販売していきます。 よろしくお願いします。

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